WORKS - Disaster Relief Projects

TSUNAMI RECONSTRUCTION PROJECT IN KIRINDA - Kirinda, Sri Lanka, 2007

津波後のキリンダ村復興プロジェクト

Located in the south-east coast of Sri Lanka, Kirinda is a village of Islamic community of fishermen. Because of the Sumatra Earthquake on December 26, 2004, most of buildings of the village were swept away by Tsunami. The villagers were forced to live in temporary houses under the serve situations. This post-tsunami rehabilitation project includes construction of 67 houses and a mosque, and tree plantation.

Each house has two bed rooms, a hall and a roofed court which is a semi-open space. The hall and the roofed court could be a large room. However, to respect the lifestyle of the villagers, these rooms are separated by folding doors. It is necessary for women to avoid seeing their guests in person. The roofed court is a space like the shade of a tree, which protects from direct sunlight and ventilates through the house. Therefore this space plays an important role in the life of inhabitants; having a meal with family, enjoying socializing with neighbors and repairing their fishing nets and equipments.

Since this is a rehabilitation project, the important is low budget and reduction of construction period. Principal material is CEB (compressed earth block) which is available in Sri Lanka with row cost and doesn’t need trained constructors. The block has un uneven surface, so that it can be easily interlocked and built up like LEGO. In addition, the furniture units are also placed into the house. They are made of rubber tree which isn’t normally used for architectural material. In Sri Lanka tire industry is popular, so the trees are planted over the country. The units are pre-fabricated and set up on the spot.


After Tsunami
After Reconstruction

2004年12月26日のスマトラ沖地震による津波により破壊された、スリランカ南部のイスラム系漁村キリンダの復興プロジェクトはほぼ終了し、今回スリランカを訪れたが、直前に反政府勢力「タミル・イーラム解放のトラ」の襲撃が、村近所の軍施設で起こり、いつも泊まっているホテルも閉鎖されたため、今回は現地訪問をあきらめた。しかし津波発生から3年近くが経ち、今回南海岸沿いの道を車で走ると、もうほとんど津波の傷跡は見られず、逆にこれまで静かだった海にたくさんの漁船が戻り活気を帯びていた。

  1. 3つのクライテリア

この復興住宅の設計には、以下のような3つのクライテリアを考慮に入れた。

  1. スリランカ政府都市開発局(UDA)の復興住宅のスタンダード(多くのNGOが復興住宅を様々な方法で建設するが、ある程度住宅の大きさ、間取りを統一させるもの。)を守りつつ、いかにこの地域の気候やライフスタイルに合った住宅にするか。
  2. イスラム系漁民との集会を通じて、できる限り住民の特殊な要望に応える。
  3. コルヴィジェの鉄骨系プレファブ住宅「シトローエン・ハウス」の失敗(全ての建材を工場から運び、そのシステムの施工専門員を送り込むことで、地元の労働者を使わず、地元にお金が落ちなかった。)から学んだ方法を使う。

そこで、それぞれのクライテリアに対し、以下のように対応した。

  1. UDAのプランは、これまでの庶民の家のように、匂いなどの問題で水回り(トイレ、シャワー、キッチン)が居室から離して配置されていた。そこで、水回りの利便性と、この地域の気候やライフスタイルに適した、屋根がかかった土間的半屋外空間を居室と水回りの間に設けた。これは、この地域の人々はみな、食事や仕事を屋外の木陰の空間でしていることと、スリランカの巨匠建築家・ジェフェリー・バワの空間を多く体験したことにより生まれたといえる。
  2. イスラムの習慣で、家に客が来た時、女性は別な空間に分けられる。この村の住民の中にも、ストリクトなイスラム教の人もいれば、そうでもない人達もいる。そこで、ホール(リビング・ダイニング)を簡単に間仕切れるようにした。しかし住宅が完成してみると、土間の空間がフォーマルな客を迎える場となり、ストリクトな住民は、土間とホールの間の折戸を閉めて、ホールが女性の空間とすることで、想像以上にこの土間の空間が多目的に利用されて、いろいろな問題、場面を解決した。
  3. 工期を早め、施工精度を上げるため、プレファブ化的な方法を採用しつつ、いかに地元の人工を使い地域に職の機会を生み、お金を落とすかが課題である。そのため構造壁・コアをキッチン、トイレ、クロゼットと一部の壁の“L”字型又は“コ”の字型の最小限に限定し、それらをコンプレスト・アース・ブロック(CEB)で作ることにした。そのCEBは、土とセメントを混ぜ、それを人力でコンプレス(押)して作ったブロックである。インドで開発された技術で、これからの普及を目指し、また復興プロジェクトということでメーカーが安く提供してくれることになった。しかしブロックがレゴブロックのような形をしていて、レンガのように技能者がモルタルを間に敷いて積むのと違い、鉄筋を当りとして、モルタルはあくまで接着剤として薄くブロックに塗るだけで、比較的簡単に技能者でなくても積むことができる。(写真参照)最小限の構造壁とコアの間には、家具工場で製作したモジュール化(幅90cm、高さ222.5cm)した家具のユニット(棚、扉、窓)を填め込んでいき、工期を早め、施工の簡略化を図った。家具自体は、現地で安価で手に入るゴムの木を使った。スリランカでは、タイヤの生産が盛んで、ゴムの木は計画的に植林されている。

最終的に45軒の住宅が建ち、村らしくなった。住宅の配置は、あまり画一的にならないよう提案したが、結局住民が村のモスクの代表と話し合い、元の区割に整然と並んでしまったのが少々残念である。
半屋外的土間は想像通り、それぞれの住民の生活に合わせ、多様且つ有効に使われている。ただ予想外だったことは、津波により住宅が倒壊しなかった近隣住民が、我々の住宅を羨ましがり、自分の住宅を解体するから同じものを建設してくれとずい分言い寄ってきた。我々の住宅が住民にうまく受け入れられたことは嬉しいが、新たな差別を作り出してしまったことに、災害支援活動の難しさを痛感した。

 
 
 
 
 
   top back